信州大学医学部歯科口腔外科レジデント勉強会

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Department of Dentistry and Oral Surgery, Shinshu University School of Medicine


いわゆる有病者の歯科治療

14. 腎機能障害

2000.3.8 成 川

総  論

1.解剖と生理

 腎臓は、約200万個のネフロンという機能単位の集まりである.一本のネフロンは 糸球体に始まり、近位尿細管→ヘンレ係蹄→遠位尿細管→集合管→他のネフロンと合流 し腎盂に開口している(図1).糸球体はボウマン嚢に囲まれた毛細血管毬で、糸球体 毛細血管壁は内皮細胞、基底膜、上皮細胞の3層からなる(図2).

  
 
図1 腎機能単位(ネフロン)       図2 糸球体の微細構造(長澤俊彦、1998による)

2.腎臓の機能

 腎の行う重要な機能は尿を生成して老廃物を体外に排泄することおよび体液量、その 組成(電解質など)、pH、浸透圧を一定に保つよう調整することで、これらの機能は 糸球体と尿細管によって営まれる.

(1)糸球体の機能

 糸球体の基底膜は一種の濾過膜として作用し、糸球体毛細血管係蹄を通過する血漿から蛋白をほとんど含まない原尿を作る.

(2)尿細管の機能

@尿の濃縮と希釈およびNa,K,Clの排泄
A尿の酸化
B再吸収
C分泌作用

各論(腎機能障害)

1.腎炎

(1)急性糸球体腎炎

 扁桃炎、咽頭炎に罹患した後1〜2週間の潜伏期を経て、突然、血尿、乏尿、浮腫、高血圧などの症状を伴って発症する.本症は溶血性連鎖球菌の感染後、潜伏期間中に体内において菌体成分に対する抗体が産生され、この抗体と菌体抗原と結合して出来た免疫複合体が糸球体の基底膜やメサンジウムに沈着する結果、糸球体が障害されて腎炎が発症する.

(2)慢性糸球体腎炎

 腎糸球体腎炎に原発性の病変を有し、尿の異常所見が長期にわたってみられ、慢性に経過するものを指す.発症には免疫機序や血液凝固機序などが関与していると考えられている.また、急性腎炎が慢性化する場合もある.

(3)ネフローゼ症候群

 糸球体基底膜の蛋白透過性亢進によって尿中に持続的に大量の蛋白が漏出し、そのために低蛋白血症をきたす疾患をまとめてネフローゼ症候群という.

2.全身疾患と腎障害

(1)高血圧

 高血圧が長期に続くと腎血管に動脈硬化を生じ、血管の内腔が狭窄し腎血流量低下をきたす.腎虚血によってさらに血圧は上昇する.これが、また、腎障害を早める結果となる.一方、原発性腎疾患の大半が二次性高血圧を伴う.

(2)糖尿病

 糖尿病初期には高血糖により糸球体濾過量が高値を示す.この状態が数年以上続くと微量のたんぱく尿が間欠性に出現するようになる.高血糖の状態がさらに数年以上続くと、次第にたんぱく尿は持続性になり、徐々に腎機能が低下し尿蛋白も増加してネフローゼ症候群を呈するようになる.

(3)痛風

 痛風は高尿酸血症に基づく関節炎発作を主症状とする疾患である.高尿酸血症が続くと尿酸塩が腎の間質や尿細管に沈着し、間質の線維化や尿細管の萎縮、さらに尿管閉塞を来たし、尿路感染を併発して腎機能障害へと進行する(痛風腎).

(4)全身性エリトマトーデス(SLE)

SLEは体内の自己組織に対する抗体が産生される自己免疫疾患一つと考えられている.抗原・抗体結合物質が糸球体、尿細管、血管壁に沈着することによって腎病変がおこる(ループス腎炎).

 <腎機能の程度>

BUN(mg/dl)

Cr(mg/dl)

腎機能

@正常値 

10~20

0.6~1.3

正常

A軽度低下

20~40

1.4~2.9

30~80%

B中等度低下(代償期腎不全)

40~80

3.0~7.9

5~30%

C高度低下(非代償期腎不全)

80以上

8.0以上

5%以下

歯科治療時の注意点

・腎疾患の患者は腎性高血圧を呈している場合が多いため歯科治療を行う際、血圧を上昇させるようなことは極力避けるべきである.血圧上昇因子としては、局麻剤に添加されているエピネフリン、生理的・精神的ストレスがあるが、後者が主因となるので、対策としては患者を不安にさせない雰囲気を作るか、処置前に精神神経安定剤を使用する.

・慢性糸球体腎炎やネフローゼ症候群では、副腎皮質ステロイド剤を長期連用していることが多く、副腎不全を起こしている可能性があるため歯科治療時にストレスを与えないようにし、術前に専門医と相談し、ステロイド剤の増量投与を行う.

・ネフローゼ症候群は頑固な低蛋白血症があるため、抜歯創などの治癒不全を招来する可能性がある.したがって、低蛋白血症を是正してから歯科的処置を行うことが望ましい.低蛋白血症是正のためには、総合アミノ酸製剤、ヒト血清アルブミン、プラズマなどが用いられる.

・ネフローゼ症候群は易感染性であり、免疫抑制剤が用いられていることが多く、いっそう感染に対する抵抗力が減弱しているので、外科的処置を行う際には可及的に無菌的操作で行い、かつ必要十分な抗生剤を使用する.

歯科治療時の投薬上の注意点

・薬剤自体の腎毒性:薬剤には、そのものの作用が腎障害につながるものが多い.
・歯科治療時に用いられる頻度の高い薬剤を、腎障害の強い順に+++〜±で示す.

<抗生剤>

セフェム(+):ケフラール、トミロン、オラセフ等
ペニシリン(+):サワシリン、バカシル等
ニューキノロン(±):タリビット、オゼックス等
マクロライド(±):エリスロマイシン、ジョサマイシン、クラリス等
テトラサイクリン(±):ミノマイシン等
アミノ配糖体(+++):ゲンタマイシン、ストレプトマイシン等
カルバペネム(+):イミペネム等

<NSAIDs>

フェナセチン(+++)間質性腎障害
アセチルサリチル酸(+):アスピリン
イブプロフェン(±):ブルフェン
ジクロフェナクナトリウム(±):
ロキソプロフェン(±):ロキソニン

・薬剤の蓄積性:腎機能の程度により、腎排泄性の薬剤は蓄積する傾向にある.このため、機能傷害の程度で使用量や使用間隔を調整する必要がある.
・歯科治療時に用いられる頻度の高い抗生剤の使用量

       (Ccr:クレアチニン・クリアランス/day)


・セフェム系抗生剤と利尿剤との併用は原則禁忌

 

<参考文献>    

有病高齢者歯科治療のガイドライン  クインテッセンス出版

歯界展望別冊 有病者の歯科治療   医歯薬出版

病気を持った患者の歯科治療     長崎県保険医協会

内科学ハンドブック         文光堂刊


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